問題点が2つある(他にもありそうだが、
一つは、和田春樹氏が当時から挺対協と私たち( 8ヵ国の被害者と支援者)が提示した解決策(「 日本政府への提言」)を全く理解せず、 いくら説明しても自分なりの理解に執着して考えを改めようとしな かったことだ。
立案した私たち自身があなたの理解は間違っていると言っているの に、立案者でもない自分の理解が正しいと執着することは、 あまりにも暴力的だ。 朝鮮日報の取材に対して和田氏自身は自分なりの「善意」 で答えたのだろうと思う(私は、 和田氏は基本的に善良な人だと思っている。しかし、 自分の誤解や勘違いを正すことのできない「善」は、 本人の意図から離れて暴力に繋がる可能性があるということを証明 してくれる人でもある)。
まさに和田氏が勘違いと誤解に基づいて発言し行動することが、 当時も、そして今も、 私たちにとっては迷惑でしかないことを和田氏は知るべきだ。
2つ目は、
記事の中で和田氏は「
即ち、
「日本政府および軍が軍の施設として「慰安所」を立案・ 設置し管理・統制したこと」
「女性たちが本人たちの意に反して、「慰安婦・性奴隷」にされ、 「慰安所」等において強制的な状況の下におかれたこと」
「日本軍の性暴力に遭った植民地、占領地、 日本の女性たちの被害にはそれぞれに異なる態様があり、 かつ被害が甚大であったこと、
そして現在もその被害が続いているということ」
「当時の様々な国内法・ 国際法に違反する重大な人権侵害であったこと」等の事実と、 これに対する責任を日本政府が認めなければならないと私たちは主 張したのだ。
このような事実とそれに対する責任を認めるならば、 日本政府に法的責任があることを認めたことになるので、あえて「 法的責任」 という文言を使う必要はないという意味だと私たちは説明した。
その場には和田氏の「挺対協が法的責任、 法的解決と言わなくなった」 という話を聞いてきた記者たちも多かった。 ところが私たちの説明を聞いた後でそのような記者たちがした質問 は「それでは挺対協は法的解決を諦めたわけではないんですね」 だった。その場で私たちの説明を聞いた、 それなりの記者たちは私たちが言うことの意味を理解したのだ。 そこで翌日の日本国内の報道は扱いが小さかった。「法的責任」 の履行方法が具体化されたことは理解したが、 本質的に私たちの要求に変化があるわけではないことを理解したた め、記事の扱いは小さくならざるを得なかったのだ。 ところが和田氏は違った。その後も、自分の「理解」 が間違っていたことを認められないのか、理解できないのか、 その後も同種の発言を続けている。
上記のような事実を日本政府が認めるならば、
想像してみてほしい。
日本政府が談話を発表する、 その中には日本軍がアジア各国でおかした日本軍「慰安婦」 に対する加害事実が具体的に言及されている、 被害女性たちが戦後も生涯、 苦痛の中で生きてきたという事実を認める言葉がある、 もしそうなったら「法的責任」 という一言が入るよりもはるかに被害者たちの心に届くはずだ。 私たちは、そのような解決を望んだのだ。真の解決を願ったのだ。
その真の解決を誰よりも切実に願い、
「OK、和田春樹だろうが、誰だろうが、
日本では保守、リベラルに関わらず、尹美香と正義連は「慰安婦」 問題の解決を願っていない、 なぜなら彼女たちの存在価値がなくなるからだ、と言う。 本当にそのように信じているのだと思う。しかし、それは違う。 誰よりも切実に解決を願った人が尹美香であり、挺対協だった。 上記記者会見がどのように開かれることになったのかを見ただけで も、それは分かるはずだ(いや、このような話をしても、 聞く耳持たない者には届かないことは分かっている。 それでも言う)。
尹美香に罪があるとしたら、日本軍「慰安婦」 問題解決のために火の粉も避けずに一身をなげうってきた罪しかな い。 その解決案が被害者の名誉を毀損するものになってはならないと、 真っ先に被害者のことを考えた罪しかない。
尹美香に罪があるとしたら、日本軍「慰安婦」
韓国外交部が日韓合意の前日、夜遅い時間になって尹美香に「
(文責:梁澄子)